賛美歌を歌うおばあさん

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サリーさんが子供の頃体験したお話だょ

賛美歌を歌うおばあさん

賛美歌を歌うおばあさん

主よ、御許に 近づかん
登る道は 十字架にありとも
など 悲しむべき
主よ、御許に 近づかん

流離う間に 日は暮れ
石の上の 仮寝の夢にもなお天を望み
主よ、御許に 近づかん

主の使いは み空に
通う梯の 上より招きぬれば
いざ登りて
主よ、御許に 近づかん

目覚めて後、
枕の石を立てて
恵みをいよよ切に 称えつつぞ
主よ、御許に 近づかん

現世をば 離れて
天駆ける日 来たらば
いよいよ近く 御許に行き
主の御顔を 仰ぎ見ん

賛美歌 320番。

タイタニックが沈む時、船上に残された人々が最後まで歌いつづけたと言われている。

私は、別段、この歌が好きではない。

というより、恐ろしい思い出がある。

それなのに、どうして、この賛美歌を覚えているのか?

それは、こう言う理由がある。

あれは、私が十三歳の頃だ。

肺に影が見つかり、短期入院することになった。

小児結核だと言われた。

開放性になる前に、強い薬剤で叩くのだと言う。

当時は、まだまだ医薬の制限は緩く、多少の副作用は、医者も患者も目を瞑る傾向があった。

ストレプトマイシンが、当時の結核の主軸薬であったが、服用後に、難聴になる副作用がある。

結核による発熱ではなく、薬による発熱と疲労感で、かなりまいっていた。

家族からは隔離されていたので、誰も見舞いには来ない。

あれが始まったのは、入院、四日目の夜だった。

微熱と高熱を繰り返す中、ふと歌声に気が付いた。

老人の声。

それも、お婆さんの声であることはわかったが、どこから聞こえてくるやら、見当がつかない。

だいたい、ここは隔離室である。

ただ、とても穏やかで、優しい歌声だった。

朦朧としながらも、その歌声を耳が追い掛けていた。

「主よ 御許に 近づかん・・・」

賛美歌らしい。

朝と夕暮れ、そして、夜半に聞こえてきていた。

一日に何度も聞いていると、次第に覚えてしまう。

「主よ、御許に 近づかん
登る道は 十字架にありとも
など 悲しむべき
主よ、御許に 近づかん」

私は、いつの間にか、呟くように歌っていた。

熱が下がらない日が続いていた。

ガラスの向こうに、よく母親の姿を見るようになった。

厳しい顔つきだった。

あんな顔をされるくらいなら、来て欲しくないと思って、顔を背けた。

その日の夜。

ふと眼を開けると、にこやかな微笑みを浮かべたお婆さんがいた。

この人だ、この人が歌っていたんだ・・・。

私は、なぜかそう感じた。

お婆さんは、私の耳元で囁いた。

「歌ってあげましょうか」

私は、頷いた。

そして、一緒に歌った。

「主よ、御許に 近づかん
登る道は 十字架にありとも
など 悲しむべき
主よ、御許に 近づかん

流離う間に 日は暮れ
石の上の 仮寝の夢にもなお天を望み
主よ、御許に 近づかん

主の使いは 御空に
通う梯の 上より招きぬれば
いざ登りて
主よ、御許に 近づかん

目覚めて後、
枕の石を立てて
恵みをいよよ切に 称えつつぞ
主よ、御許に 近づかん

現世をば 離れて
天駆ける日 来たらば
いよよ近く 御許に行き
主の御顔を 仰ぎ見ん」

歌い終えた後、お婆さんは、とても嬉しそうに微笑んだ。

「よかった・・・一緒に行こうね・・・」

頷きかかったその刹那。

ガシャーーンッ!!

凄まじい音がした。

看護婦さんが、トレーを落としたのだ。

私は、びくっとして目を覚ました。

そして、見た。

鬼のような形相となったお婆さんが、看護婦を睨みつけながら消えていくのを。

「ごめんねぇ、起こしちゃったね。今から、新しいお薬、入れるから」

看護婦さんは、点滴の仕度をはじめた。

あの顔は、鬼よりも恐ろしい顔だった。

優しい歌声は、その日から聞こえなくなった。

偶然かもしれないが、熱も下がり始めた。

新しい薬が効いただけかもしれない。

退院の日、ドクターから、私が死にかかっていたことを聞いた。

母親は、ほっとした顔をして言った。

「あんな歌、歌わんでね」

母親は、いつ聞いてたのだろう。

ただ、あの賛美歌は、しっかりと記憶されてしまった。

お願いとお約束

怪談朗読をされておられるYoutuberの方々。
サリーさんの怖い話を朗読していただけたら幸いです。
その時は、一言ください。そしてHPのリンクを貼ってください。
約束だよ!!

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