あれは嘘

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サリーさんの体験しお話だよー

アレは嘘

あれは嘘

「あれは、嘘」

八千代さんは、やきとりバー・YACHIYO のママさんであった。

東京の赤貧時代には、よく世話になった。


私が、一人暮らしを始めて、生まれて初めて味わった「食べるものが買えない」という状態を何度も救ってくれた女性だ。

ちょっと焦げた卵焼きをよく作ってくれたのを覚えている。

「卵焼きは甘い方がいいよね」

初対面の時、彼女がかけてくれた言葉と声の柔らかさを今でも覚えている。

お金がある時も、払わせてくれなかった。

「本買うお金、なくなるよ」

あの時は、涙が出るほど有り難かったが、今思えば、典型的なダメンズ生育型だ。

現に、彼女には、寄生虫がいた。

客がいるにも関わらず、平然と金をせびりに来ていた男。

八千代さんの元夫で、ギャンブル、女遊びとやりたい放題、仕放題。

見ているだけで、腹が立つ。

しかし、八千代さんは、いつものように、穏やかに対応していた。

「お客さんいるから、ね、静かにして」

小声で言いながら、金を渡していた。

私は知らずのうちに恨めしそうな目つきになっていたらしく、八千代さんの元夫と目があった時、
チッ!と舌打ちされた。

「客なんて、こいつしか、いねぇじゃないか」

「ちょっと、やめて」

そうだ、だから、店の経営は楽じゃないんだ、そんな八千代さんから、金をせびるのか。

八千代さんは、寄生虫が店を出て行った後、歳に似合わない可愛らしい笑顔で言った。

「ごめんね」

周囲の人間たちからは、いい加減。あのカスクズ男と縁を切れ ! と言われていたし、警察関係の常連、Wさんも自分が言ってやろうか、と息巻いたこともあった。

しかし、八千代さんは、片目をつぶって両手を合わせた。

「ごめん、いいの、大丈夫だから」

占い師になって、改めて、男女の仲というのは、いろいろあるな、と思い知らされているが、あの当時は、まだ、世間知らずの小娘で、恋愛のどうのと口を挟めるものでもなかった。

やきとりバー・YACHIYOに通い始めて2年になろうかという頃だ。

八千代さんは、亡くなった。

開店時間に開いていなかったので、鍵がかかっていなかった店の引き戸を開けると、八千代さんが倒れていたという。

警察関係のWさんから、不審死として、解剖に回されるよ、と聞かされた。

事件性も疑われたが、何と、脳腫瘍の末期だったらしい。

知らなかった。

誰にも、何も言わずに逝ってしまった。

恨み言ひとつ言わず、よく働き、誰彼ともなく優しくて。

八千代さんの葬儀は、血縁者よりも、近所の隣人たちがこぞって参列した。

男女とも、涙を流し、八千代さんの生前の優しさに感謝していた。

私はと言えば、喪服を持っていないという体たらく。

通夜を一晩中付き合い、翌日の葬儀には、店の外から手を合わせた。

「はぁ・・・・」

何だか、気怠かった。

日曜日だったので、そのまま、アパートに帰って、ゴロンと上向きに、大の字に寝っ転がった。

「いい人だったなぁ」

ポツリと口に出すと、涙がじわっと滲んできた。

私は、そのまま、寝入ってしまった。

そして、実に奇妙な夢を見た。

“お疲れ~!”

私は、夢の中で、やきとりバー・YACHIYOの入り口にいた。

いつもカウンターの向こうにいるはずのYACHIYOさんが、こちらに背中を向けて、カウンター席に座っているではないか。

八千代さん !

私は、驚きながら、八千代さんの隣に座った。

八千代さんは、珍しく琥珀色の液体が注がれたグラスを持っている。

八千代さんが、酒を飲んでいたところを見たことがなかったので、本当に八千代さんなのか、と、まじまじと見つめてしまった。

八千代さんは、ゆっくりと私の方に顔を向けた。

八千代・・・さん・・・?

何とも言い難い。

両目は、笑っているが、口元はきつく閉じられていて、そこに嫌な黒い何かを感じた。

こんな八千代さんを見たことはない。

八千代さんは、虚ろな目で言った。

死んだら、みんな、仏さん、て・・・。

あれは、嘘。

八千代さんは、口を開かないまま、そう言った。

確かに聞こえた。

八千代さん !

私をちらり、ちらりと見る目が、にやにや、にやにや、にやにやとしている。

私は、心底ゾッとしたが、体が椅子に張り付いたように動かない。

八千代さんの口が、うっすらと開いて、舌先が、ぺろりと出た。

へ・・・?!

八千代さんの舌は、するする・・・、するする・・・、するする・・・っと、信じられないくらいに伸びたのだ。

ぅうわっ !

不気味さと嫌悪感で気を失いそうだ。

伸びた舌は、ひゅるん、ひゅるん、私の前で揺れた。

八千代さん、やめて !

八千代さんは、恐ろしく意地の悪い笑いを浮かべた。

“死んだら みんな 仏さんなんて・・・。

嘘。

八千代さんは、私が心底、怯えているのを楽しんでいるように思えた。

信じられない、そんな人じゃなかった、と、涙が溢れた。

死んだら

八千代さんは、私にぐうぅっと不気味な笑みを近づけた。

“お・ば・け”

「うぅわあぁっっっ!!」

私は、叫びながら飛び起きた。

「はぁ・・・、はぁ・・・、八千代さん・・・」

八千代さんは、当たり前の人間で、一人の男運の悪い女性であった。

1人静かに、いかりや恨み辛み、嫉妬を体内に溜め込んでいたのだろう。

そう思うと、あの優しい笑顔で皆でを騙すことを、心ひそかな快楽としていたのではなかろうかとも思えた。

本当は、私を含めて、みんなを疎ましく、嫌悪していたのではなかろうか。

笑顔や行為に騙されて、「いい人」だと信じているみんなを。

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